ボケにはボケの矜恃がある!

ボケにはボケの矜恃がある!_あるいはハッピーな認知症者について
J先生へ
 因みに可能態という意味では、ボケ老人もそうですね。誰もがボケ老人になる可能性がある。問題は、現代社会においてはそれを権利とみるような視点の欠如です。
 ある著名大学の学者の偉い先生は、自分はボケ老人にならないことを前提に、高所大所から論じられる――その代表格はA山H子先生――けれど、僕はそんな気になりません。
 今の僕――あるいは同僚たちの――の不安は、現代社会では「ボケになったら嫌だな」という観点から、ボケ予防が進んでいるからです。それはどうも社会防衛論に近いもの、あるいは犠牲者非難のような理不尽な議論にすぎないように思われます。
 むしろ、これからのボケ老人研究の学者は
「ボケは端からみたらみじめで悲惨に見えるけど、誰からも当事者からの発言がないので(手厚くケアされる)『ボケは想像以上にハッピーだぞ』かもしれませんよ。だったら、みんな思い切りボケになることを考えましょう(だってなりたくてもなれない人がいるんだから、それほどの贅沢はございません)そしてボケ老人が〈いまだ〉ぼけていない人に思いっきり甘えるような社会システム社会倫理を作りましょう!その時、ボケになったもん勝ちです!」
と言えばいいのだと思います。ま、こんな暴論にまともな研究費はついてまわらないでしょうけれど。でも、価値観の転倒をめざすなら、これくらいの破壊力がないとだめです。認知症研究(とくに社会面や社会倫理、地域看護福祉も含む)の新展開を世に提唱するのなら、この現代社会におけるボケ老人の脅威論というのが全くの虚構であることを声高に主張しないとなりません。ボケは、可能態であるのに関わらず、なろうと思っていてもならず、いわば富くじのような僥倖だという、発想が欠如して、あたかも貧乏くじののように考えられているからです。
 まさに、ボケ論的健康観が求められているのではないでしょうか。世の中の非ボケ的健康観のつまらないこと。後者はたんなる生物医学資本の餌食です。だから、もっと価値論的、あるいはユートピア的な認知症研究が切り開かれてしかるべきです。
 そう言えば、昔の職場の、医療社会学の大学院生で、今は看護大のスタッフをやっている人が、熊本弁の「のさり」を障害者がこの世にうまれてくる存在論として修論のテーマに取り上げたひとのことを思い出しました。「のさり」とは、いわば天からの授かりもので、重い障害をもって産まれた子供をのさり、あるいはのさる、といって慈愛しケアする義務が生じるという古いエートス(ēthos)があるそうです。もちろん、歴史的現実の障害者が、すべてそのように処遇されてきたかは不明ですし、また、現実はそうではないことを踏まえて、あえて善きケアをするという古い地域のイデオロギーかもしれません。
 彼女は、これを胎児性水俣病のケースで扱っていたと思います。今年物故した原田正純先生の本のなかにも、なぜか有機水銀胎盤を通過するという学説上の異例の事実をとりあげ、胎児性水俣病者――正式認定は1956年ですので生き残っている人は僕と同じ世代のおっさんおばさんですが――の母親たちは、自分が中毒になるはずだったのに、子供(胎児)が毒を吸ってくれたと、母親の自責の念――その必要は全くないのですが――と共に「不幸な」子供たちを非常に慈しんだといいます。逆境の中でも障害者を見捨てない、それ以上に、障害が周りのひとに慈愛をもたらすという人間の美徳・人間の喜びをもたらしてくれる、という根本的な発想の転換
 だから、このことを敷衍すると、のさりとして、後天的に当事者にとってハッピーな認知症になることで、みんなから慈しみを受けることは、類似の経験的事実からいって、まったく荒唐無稽といううわけではないということです。足りないのは我々の想像力だけだということになります。
 だいたい、エエ歳して、X大学の教員がこんなクレイジーなことを言っているのが恥ずかしと言われそうですが、もっと恥ずかしい研究ばっかりなので、これぐらいの大風呂敷も、ま許されるかと。
【追加の資料】
高齢者への虐待1万6700件 被害者の半数が認知症
朝日新聞デジタル[2012年]12月22日(土)15時31分配信
 【長富由希子】家族や介護施設の職員らによる高齢者への虐待が2011年度は1万6750件あったことが21日、厚生労働省のまとめでわかった。被害者の約半数が認知症、加害者の6割は息子か夫だった。厚労省は「認知症を理解してもらう取り組みや、リスクの高い家庭への支援を強める必要がある」としている。
 高齢者虐待防止法(06年施行)は、重大な虐待に気づいた人に自治体への通報を義務づけている。自治体が通報を受けて虐待と判断した件数は、前年度(1万6764件)とほぼ同じ件数だった。厚労省は「通報されていない虐待もある。通報制度のさらなる周知が必要だ」としている。
 虐待がもっとも多かったのは「家庭内」で1万6599件。未婚の子どもと一緒に暮らしている高齢者が被害にあう事例が38%ともっとも多く、既婚の子と同世帯(24%)、夫婦2人暮らし(19%)がこれに続く。
出典:headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121222-00000027-asahi-soci(2012年12月22日)