民主主義の「力」の試練

+++++++
以下の毎日新聞の詳細な報告内容は、まさに戦慄を覚える内容だ。しかし、国=企業=大学の原発推進の学者の存在そのものが、根源的悪として断罪する気には私にはなれない。疑義を投げかける若手研究者に対して、医学部でも「長いものには巻かれろ」という忠告が現場にはいつもつきまとう。構造的悪の前には、そこで機構の手先として動く学者は、いつも良心を抑圧するような状況に置かれている。ナチスや旧日本軍に協力した学者と同じ状況だ。このような巨悪に対して、倫理要綱や行動規範、コンプラインス遵守という徳目だけで対決できるわけがない。科学組織は、国や企業などから、独立した自浄機能をもつ権能(=一種の法的判断や裁判権)による組織によって管理されなければならない。もちろん、そのような組織に力を与えるのは、人民=市民(現在の体制では「国民」)そのものである。(すなわち民主主義の「力」による)
+++++++
核燃輸送容器:検査基準を企業に配慮 寄付受けた教授主導

 日本原子力学会が1月に議決した使用済み核燃料などの輸送容器に関する検査基準(学会標準)が、容器設計・製造会社「オー・シー・エル」(東京都)と、同社から多額の寄付を受ける有冨正憲・東京工業大教授が主導する形で審議され、国の規制より緩い内容にまとめられていたことが分かった。原発を巡っては、学会や業界団体が定めた内容が国の基準に採用される例も多いが、「原子力ムラ」内部で自分たちに有利な基準を作り上げていく構図が浮かんだ。【日下部聡】/学会議事録や関係者によると、議決したのは「使用済燃料・混合酸化物新燃料・高レベル放射性廃棄物輸送容器の安全設計及び検査基準」。一般からの意見募集の後、今年中にも正式に制定される見込みという。/学会標準は分科会が原案を作成し、専門部会と標準委員会でチェックする仕組みで、10年に輸送容器分科会で検討が始まった。同分科会はオ社の会議室で開かれ、原案の文書化もオ社から参加した委員が行ったという。/有冨氏は同分科会の主査、上部組織の原子燃料サイクル専門部会の部会長で、議決機関・標準委員会の副委員長でもある。東工大の記録によれば、有冨氏は06〜10年度、オ社から1485万円の奨学寄付金を受けた。分科会に参加するもう1人の研究者(東工大准教授)も10年度、オ社から100万円の奨学寄付金を受けている。/審議の焦点は、使用済み核燃料などの発する熱が容器にどう伝わるかを調べる「伝熱検査」を、新造容器全てに実施するか否か。原案はメーカーに製造実績があればサンプル検査で可としたが、経済産業省原子力安全・保安院の通達は全数検査を求めている。昨年6月の専門部会では、保安院の安全審査官が反対意見を述べた。/しかし、昨年12月23日〜今年1月19日に行われた標準委の投票の結果、研究者や電力会社社員らの賛成多数で可決された。反対は保安院の委員1人。独立行政法人原子力安全基盤機構の委員が賛否を保留した。/容器メーカー関係者によると、大きな輸送容器なら38本の使用済み核燃料集合体を収納できる。伝熱検査は、集合体と同じ本数の電熱ヒーターを内部にセットしなければならず、負担が大きいという。/有冨氏は「オ社の味方をしているつもりはない。全て検査していたら出荷が滞り、使用済み燃料の処理が進まない。学会としてサンプル検査でいいと判断した」と話す。だが、審査の全段階に関与していることについては「中立性に疑念を持たれても仕方がない。少なくとも分科会主査か標準委副委員長のどちらかは辞めた方がいいと思っている」と話す。/ただ、有冨氏は「容器は原子炉などと違って論文の書ける分野ではなく、研究者が少ない。審議体制に問題があることは分かっていたが、他になり手がいない」とも話した。/オ社の川上数雄常務は「公平、公正、公開の原則にのっとった委員会で活動しており、疑念を招くようなものではない」との見解を示した。/保安院関係者は「輸送容器は市民の近くを通ることもあり、厳しい基準が必要。このまま国の基準にはできない」と話している。/有冨氏は東京電力福島第1原発事故直後、当時の菅直人首相に内閣官房参与に任命されている。/毎日新聞 2012年2月12日 2時30分(最終更新 2月12日 2時43分)【出典】mainichi.jp/select/jiken/news/20120212k0000m040111000c.html
++++++++
この国と原発:第4部・抜け出せない構図 政官業学結ぶ原子力マネー(その1)

 日本の原子力開発は、政・官・業・学が密接に連携して進められてきた。源泉となっているのは、世界的にも突出した巨額の原子力関係予算だ。長年にわたって、原発立地対策や核燃料サイクルをはじめとする研究開発に潤沢な資金を提供し、電力会社や原子力関連企業、大学の活動を支えてきた。一方、「政」には電力会社や労働組合側からの献金が流れ込む。「原発推進体制」を構成する4者の間の「原子力マネー」の流れをまとめた。/政府は12年度予算案に、原子力関係分として4188億円を盛り込んでいる。原子力政策見直しの結果が出ていないという事情はあるものの、11年度(4236億円)に比べ1・1%減と、東京電力福島第1原発事故を経てもほとんど変わっていない=図<上>。従来の研究開発費は圧縮されたが、原発の安全や事故対策名目で研究費が増額されたためだ。/研究開発費は前年度比13・5%の減。中でも、昨年11月に行われた提言型政策仕分けで「存続の是非を含め抜本的に見直すべきだ」とされた「もんじゅ」を中心とする高速増殖炉サイクル研究関連予算は25・4%減となった。だが、それでも300億円が計上された。/一方、安全・事故対策予算は前年度比2・6倍と大幅増の783億円。重大事故を防ぐ研究や、最長40年かかるとされる廃炉のための技術開発費用などが盛り込まれた。4月に環境省の外局として新設される原子力安全庁(仮称)の予算は504億円だ。/12年度の原子力関係予算について、NPO法人原子力資料情報室」の西尾漠・共同代表は「高速増殖炉の予算減で『今までいかに無駄遣いしてきたか』は浮き上がった。しかし、野田政権が原子力政策を変えていこうという姿勢は見えてこない」と話す。/原子力関係予算は最終的にどこに流れるのか。例の一つが、経済産業省資源エネルギー庁の「使用済燃料再処理事業高度化補助金」だ。/使用済み核燃料の再処理時に出る高レベル放射性廃液をガラスに固める「ガラス溶融炉」の新型を開発するため、日本原燃青森県六ケ所村)に事業費の半額を補助するもので、09〜11年度で約70億円が交付された。/日本原燃によると、既存のガラス溶融炉は設計寿命が5年。二つある炉のうち、既に試験を始めている炉はあと2年で寿命を迎える。再処理工場は2兆1930億円をかけて建設中だが、廃液に含まれる金属の影響で溶けたガラスがうまく流れずに詰まるトラブルが相次いでおり、新型炉に置き換えるべく技術開発を進めているという。/この補助金は10年度を例に取ると、まず経産省日本原燃に15億4700万円を交付する。/日本原燃はさらに、プラントメーカーのIHI、日揮独立行政法人日本原子力研究開発機構に計14億1200万円で開発を外注。また、東京工業大や、電力業界が設立した電力中央研究所など五つの大学・団体には計1億100万円で基礎データの収集などを委託している。いずれも随意契約で、原子力予算が政府系研究機関、大学、プラントメーカーなど、関係者にまんべんなく配分されている形だ。/意外だが、原子力関係予算が太陽光発電関連に使われるケースもある。/エネ庁が09〜11年度に計68億6000万円を計上した「分散型新エネルギー大量導入促進系統安定対策事業費補助金」は、沖縄電力を含む10電力会社が対象。電力各社が全国300カ所に太陽光パネルや日射量計を設置して、出力の変動などのデータを収集する。/なぜ原子力関係予算で太陽光発電なのか。同庁は「再生可能エネルギーが大量に電力系統に接続されると、余剰電力発生などで系統安定上の問題が生じる可能性がある」と懸念する。この施策は「原子力の推進・電力基盤の高度化」という項目に分類されており、施策目的は「原子力は供給安定性と経済性に優れた準国産エネルギー。中長期的な基幹エネルギーとして原発を推進する」。あくまでも原発を基幹とする政策の中に太陽光を位置づけようとしている。/◆主要国のエネルギー開発費◇日本の「偏重」突出/国際エネルギー機関(IEA、28カ国加盟)の統計によると、日本は10年度、エネルギー研究開発に総額3550億円(10年平均レートで米ドルから円に換算、以下同)を計上した。うち69%にあたる2481億円は原子力関連が占める。大半は文部科学省所管の高速増殖原型炉「もんじゅ」や核燃料サイクル関連に投じられ、残りは経済産業省が新型原子炉開発の補助金などに支出している。/一方、総額4200億円で日本とほぼ同規模の米国では10年度、原子力は18%(782億円)に過ぎない。最も多いのは省エネルギーの1226億円(29%)で、再生可能エネルギーが1153億円(27%)と続く。電力の75%を原発でまかなうフランスは09年度、534億円を原子力開発に投じたが、それでも全体の44%だ。/予算額全体に占める原子力の割合の推移をみても、多くの国では70〜80年代に比べ大幅に減少している。一方、日本は75年度56%、85年度77%、95年度75%、05年度65%と、ほぼ横ばい。米国が10年度に再生可能エネルギーへの支出を大幅に増やすなど、年によって予算配分を変える国が多い中、日本は予算の硬直性も際立っている。/日本の原子力研究開発予算の原資のほとんどは、電気料金に上乗せして徴収する電源開発促進税だ。原子力に偏重した予算配分が長年続いてきた原因について、昨年11月に衆院で行われた「国会版事業仕分け」で、参考人の元経産官僚、古賀茂明氏は「原子力を何が何でも造るというのが自民党の政策だった。その政策に公益法人や関連企業、役所と族議員による利権構造がくっつき、一度できると壊せない」と述べている。/この特集は、青島顕、日下部聡、袴田貴行、池田知広が担当しました。(グラフィック 勝又雄三、編集・レイアウト 野村房代)/毎日新聞 2012年1月22日 東京朝刊【出典】http://mainichi.jp/select/wadai/archive/news/2012/01/22/20120122ddm010040060000c.html
+++++++++
この国と原発:第4部・抜け出せない構図 政官業学結ぶ原子力マネー(その2止)

 経営陣は自民へ、労働組合側は民主へ。電力業界は労使双方が2大政党に資金を提供し続けてきた。原発を持つ電力9社やその子会社の経営陣らは09〜10年に、個人献金の形で自民党側へ約8000万円を提供したとみられる。電力各社の労組と労組を母体とする政治団体計21団体が、09〜10年に民主党の総支部や党所属国会議員へ提供した資金も少なくとも6876万円に上る。/電力9社は74年以降、「公益事業を行う企業にふさわしくない」として企業献金廃止を掲げる一方で、自民党を中心とする国会議員のパーティー券購入を続けてきた。さらに役員や幹部、OB、子会社役員が、自民党政治資金団体国民政治協会」に個人献金をしてきた。/電力会社の名簿と氏名が一致する個人献金国民政治協会政治資金収支報告書から拾うと、09年分約4500万円、10年分約3500万円に達する。同姓同名の別人分が交じっている可能性はあるものの、拾い上げた献金は会社の役職のランクに応じた定額になっており、そろって12月に行われるなど組織性をうかがわせる。/各社は「献金は個人の意思で行われた」と会社の関与を否定している。一方、自民党関係者によると、電力各社の対象者には、振り込みで献金するよう依頼してきたという。ただ、「必ずしも幹部全員に応じてもらっているわけではない」ともいう。/10年の東京電力の場合、勝俣恒久会長と清水正孝社長(当時)は30万円だった。役員は社外取締役・社外監査役を除く21人全員の氏名が収支報告書にあった。執行役員は5万円、本社の部長や子会社役員は3万円、本社の部長代理クラスや支社長の一部も1万円を献金していたとみられる。東電とその子会社で、名簿と氏名が一致する献金者は300人を超え、総額は約1000万円だった。/10年分を見ると、中部電力関係者が約500万円、四国電力関係者も約400万円の献金をしていたとみられる。/電力各社の労組とその上部団体である電力総連、労組を母体とする政治団体は、民主党国会議員や党総支部献金したり、パーティー券を購入するなどした。総額は少なくとも09年に3591万円、10年3285万円。資金提供を受けた民主党国会議員は2年間で少なくとも30人に上る。/10年分でみると、電力総連の政治団体「電力総連政治活動委員会」が、東電労組出身の組織内議員、小林正夫参院議員(比例)の同年の選挙支援に計2650万円を拠出した。同政治活動委員会など電力総連関連の13政治団体が、民主党原子力政策・立地政策プロジェクトチーム座長だった川端達夫総務相関連の政治団体のパーティー券を166万円分購入。川端氏は電力総連と同じ旧民社系の東レ労組出身で、事務所は「長い付き合いで頼んだ」と説明した。/「中部電力労組政治連盟」は、岡田克也副総理のパーティー券を09年、10年ともに26万円分購入した。/電力総連の内田厚事務局長は「数万円のパーティー券購入で政策を左右できない。(議員側からの依頼を受け)応分の役割を果たした」と話している。/原子力発電に関連する事業を実施している国と自治体の外郭団体39団体に対し、年間約3600億円の補助金などが支払われていることが毎日新聞のまとめで分かった。延べ60人の元官僚が団体の役員として天下っており、原子力関係予算の一部が「官」の内部で再配分されている実態が浮かぶ。/今回まとめたのは、39団体の09年度決算データ。うち28団体に国と自治体から拠出された補助金交付金、委託料は合わせて約3669億円に達し、ほとんどは国からだった。国からの収入が最も多かったのは、「もんじゅ」を運営するなど多数の原子力関連研究を展開する日本原子力研究開発機構で、約2004億円。39団体には原子力関連事業が主要事業ではない団体なども含まれる。/国家公務員の天下りは20団体、60人に上り、経済産業省原子力安全・保安院や旧科学技術庁の出身者が、役員報酬のある団体の会長や理事に就いているケースが多かった。複数の団体の役員を「掛け持ち」している元官僚もいる。原子力安全委員会の元委員が役員に迎えられているケースもあった。/都道府県が所管する外郭団体の多くは、原子力発電の安全性を地元にアピールする広報事業を実施している。福島第1原発事故で警戒区域に指定されている福島県大熊町にある「福島県原子力広報協会」には、県と原発周辺の6市町から委託料として年間約1億円が支払われていたが、現在は休眠状態となっている。/大学の原子力関連研究は、国や原子力関連企業から受け取る巨額の研究資金に強く依存している。毎日新聞の集計では、11国立大学の関連研究に対し、06〜10年度の5年間に、少なくとも104億8764万円の資金が提供された。/ほとんどを占める受託研究で目立つのは、文部科学省からの資金提供が高額であることだ。高速増殖原型炉「もんじゅ」開発をはじめ、「軽水冷却スーパー高速炉に関する研究開発」(2億1781万円、東京大、09年度)▽「原子力システム高効率化に向けた高耐食性スーパーODS鋼の開発」(2億1244万円、京都大、同)−−など億単位が目立ち、期間が数年にわたるケースもある。/一方、企業からの受託研究は、「放射性廃棄物地層処分等のための基盤技術の研究開発」(西松建設→東大、105万円、10年度)など、数十万円から数百万円規模がほとんど。「原発推進」の国策の下、毎年巨額が計上される原子力研究開発予算が、大学の研究を支えている構図がくっきりと浮かぶ。/共同研究の相手は日本原子力研究開発機構や、電力業界が設立した電力中央研究所などの研究機関が目立つ。/奨学寄付金の多くは1件あたり数十万円から100万円前後。受け取った寄付金は大学が管理するが、ほとんどは研究者個人あてで、使途にも制限がないことが多い。/東京工業大の有冨正憲教授は5年間に、使用済み核燃料の輸送などに使う容器「キャスク」の設計・製造会社「オー・シー・エル」などから1885万円の寄付を受け取った。学会出席の旅費や7人いる研究員の人件費、学生への学費援助などに使ったという。有冨氏は「共同研究費や受託研究費と違い、残金を翌年度に持ち越せるので、途切れることなく人件費や学費援助を支払えるのがメリット」と話す。/東工大出身の研究者は「研究者の評価は1年に何本の論文を出したかで決まる。いい論文を出すには、金をかけて実験をしなければいけない」と言う。/班目春樹・原子力安全委員長(東大教授)も委員長就任前、06〜09年度の4年間で原子炉メーカーの三菱重工業から計400万円の寄付を受けている。/最も多く奨学寄付金を支出したのは、原子力関連企業を中心とした任意団体「関西原子力懇談会」(5155万円)。京大など関西の大学を中心に寄付した。同会によると、09年度以降は公募制で、研究者が提出した研究計画を選考して1件に年間50万円を支出したが、「協賛企業名や資金は明らかにできない」(広報担当者)という。/2位は三菱重工業の2957万円。大学に資金を提供する理由について、「研究成果が当社の技術開発につなげられる。また、我が国の原子力産業の技術力の向上につながると考えられる」(広報・IR部)と回答した。/しかし、国や企業から資金を提供してもらえるのは、原発推進の側に身を置いている研究者だけだ。原発批判の論客として知られる京大原子炉実験所の小出裕章、今中哲二の両助教には06〜10年度、「原子力マネー」の提供はゼロ。両氏への唯一の外部資金は今中氏が10年度に広島市から受託した「広島原爆による黒い雨放射能に関する研究」(42万円)だった。/一方、大学の情報公開の問題点も浮かび上がった。今回の集計は情報公開請求で開示された資料に基づいたが、大学によって公開度にばらつきがある。特に九州大は、受託研究が全て非公開で、共同研究も受け取った金額を明らかにしない。寄付を受けた研究者名も示さず不透明さが際立つ。大阪大は契約の相手や研究テーマが黒塗りで判別不能の共同研究と受託研究が計2億8134万円に上る。東北大は10月に行った情報公開請求に対し、いまだに公開していない。/毎日新聞 2012年1月22日 東京朝刊【出典】http://mainichi.jp/select/wadai/archive/news/2012/01/22/20120122ddm010040062000c.html
++++++++++++++++++
この国と原発:第4部・抜け出せない構図/1(その1) 重鎮学者が会社設立

 06〜10年度、東京大で原子力を専攻する研究者が受け取った奨学寄付金を集計すると、意外な結果が出た。最も多額の寄付をしたのは、「IIU」という無名の株式会社で計600万円。三菱重工業(計567万円)やIHI(計400万円)などを上回る額だ。寄付額6位にも、NPO法人「日本保全学会」(計327万円)という耳慣れない組織が顔を出している。/背景を探ると、学者自身が企業や学会を作り研究資金を調達している構図が浮かんだ。/IIUと保全学会には共通点があった。ともに03年、宮健三・東大名誉教授が設立し、トップを務める。IIU本社は東大本郷キャンパスから100メートルほどのビルの一室にあり、保全学会事務局も同居する。宮氏は東大で原子炉機器工学を研究。01年の退職後も原発老朽化対策を検討する国の委員会の委員長などを歴任し、学界の重鎮として知られる。/両組織からの東大への寄付は、ほぼ全てが大学院原子力専攻長を務める上坂充教授と、同じ研究室の出町和之准教授あてだ。両氏とも宮氏の教授時代、研究室に助教授や大学院生として所属した「直弟子」にあたる。/IIUの登記簿などによれば、原発の維持管理技術開発などが主な業務で、電力会社からも仕事を受託。独立行政法人原子力安全基盤機構から助成金を受けたこともある。/保全学会も原発の維持管理技術がメーンテーマ。法人会員には電力各社や三菱重工業東芝など67社が名を連ね、役員は研究者や電力会社幹部が務める。10年度収支計算書によると、2049万円の会費収入のほか、講演会の事業収入などが4628万円あった。/上坂氏らに集中して寄付するのはなぜか。宮氏は取材に当初、保全学会の寄付について「上坂先生らが参加する保全学会の分科会で、軸受けの損傷を測定する技術を研究している。その研究への助成金」と説明した。支出の手続きについては「分科会には主査や幹事もいて、参加者の合意で審査している。メンバーは個人情報なので言えない」と答えた。IIUについては「私企業なので」と説明を避けた。/ところが、保全学会が発行する学会誌の記事から「審査」の状況が判明する。/ 東京電力福島第1原発事故を経験しても、この国の「原発推進」体制は変わっていないように見える。なぜ抜け出せないのか。構図を追う。/毎日新聞 2012年1月22日 東京朝刊【出典】http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120122ddm001040077000c.html
+++++++++++++++++++
この国と原発:第4部・抜け出せない構図/1(その2止) 資金支出、自ら審査

 ◇学会分科会参加、事業者から年1500万円/日本保全学会(会長、宮健三・東京大名誉教授)の学会誌「保全学」10年7月号に、「『状態監視技術の高度化』に関する調査検討分科会」の活動報告が掲載されていた。まさに宮氏が挙げた、軸受けの劣化を監視する技術の研究などがテーマの分科会だ。/実は、分科会全体の主査は宮氏本人だった。「技術」と「調査」のワーキンググループ(WG)があり、技術WGの主査は上坂充・東大教授。調査WGの主査は、保全学会副会長で、財団法人発電設備技術検査協会の山口篤憲氏が務めた。同協会の理事には宮氏が名を連ねる。/自分たちで審査し自分たちに支出する「お手盛り」だったのではないか。改めて宮氏に取材すると、「他の参加者にも諮って民主的に決めている」と説明する。上坂氏は東大広報課を通じて「多忙のため取材に応じられない」と回答した。/この分科会には、原子力を巡る「業」と「学」の関係も如実に投影されている。/学会ホームページによると、分科会には大学などの研究者のほか、原子力関連の企業22社、化学プラント事業者など原子力以外の10社が参加。研究者は無料だが、原子力関連事業者は年50万円、それ以外の事業者は年40万円の参加料が必要だ。この分科会だけで電力会社などから年1500万円の研究資金が集まることになる。/電力各社はこれ以外に、年15万円(1口)の法人会員費も払う。複数の社が電気料金への上乗せを認め、最終的に負担するのは国民だ。/なぜ、企業側は協力するのか。電力各社は「学会の活動の成果を当社の原子力プラントの保全業務に反映させることが安全を確保するという観点から、法人会員として参加している」(東京電力)などと説明する。/だが、技術評論家で元日本原子力研究所研究員の桜井淳氏は別の見方をする。/「東大の先生に自由に電話でき、訪問できるパイプを作るためだろう。例えば、電力会社が経済産業省へ許認可を申請し、審査担当者から『この結論の根拠は』と聞かれた時、『東大の先生に助言をいただきました』と言える。審査側からみれば大変なお墨付きで、それだけで『それでよろしいでしょう』というくらいの意味を持つ」//かつて高レベル放射性廃棄物最終処分場を誘致する動きがあった長崎県新上五島町キリシタン墓地や教会など独特の文化を持つ静かな島だ=袴田貴行撮影//宮氏の活動はこれだけにとどまらない。/05年8月6日、長崎県五島列島の小さな集落、新上五島町奈良尾地区で「科学まつり」が開かれた。放射線測定などの実験ブースが並び、「NUMO」(原子力発電環境整備機構)とロゴの入ったトラックも到着。荷台を改造した展示スペースには、高レベル放射性廃棄物最終処分場の安全性をPRする模型や図表が並んでいた。/主催したのは「日本の将来を考える会」(IOJ)というNPO。代表は宮氏だ。宮氏は奈良尾集落の出身。「理解を深めてもらうための活動」と言うが、実態は故郷への最終処分場誘致活動だった。/登記簿によれば、IOJの活動は「エネルギー問題などの解決に貢献するための啓蒙(けいもう)及び実践活動」。所在地もIIUや日本保全学会と同じ東京都内のビルの一室だ。役員は大学の研究者や電力会社幹部などで、保全学会役員との兼務も少なくない。/反対運動を始めようとしていた同町の自営業、歌野敬氏(60)が会場を訪れると、リハーサルの最中だった。歌野氏によると、宮氏は説明担当者に「専門的な説明をしても一般の人には分からない。『絶対安全』と言いなさい」と指導していたという。宮氏は「7年も前のことだから記憶にないが、そんなことを言うはずがない」と反論する。/誘致活動は05年春ごろ、宮氏から建設業者の町議に連絡があったのが発端だった。「島の振興策になる。まずは勉強してみたらどうかという趣旨だった」と町議は振り返る。宮氏に資料を送ってもらい、建設業者や地域活性化の活動をしていた町民ら数人で勉強会を始めた。/同年6月には宮氏の勧めを受け計2回、NUMOの費用負担で町議や町民計29人が青森県六ケ所村の核燃料再処理施設を視察した。こうした動きが7月に新聞報道で表面化。住民の反発が高まり、誘致活動は立ち消えとなった。/今、町議は「国内に処分場をつくるのは、国民感情からいって無理だろう」と話す。その後、宮氏と連絡は取っていないという。/宮氏は「原子力なしでこの国はやっていけないという信念を持っている」と話す。昨年11月、IOJのホームページに掲載した論文で、東京電力福島第1原発事故後の「脱原発」の動きを批判した。/「原子力は電力を30年以上にわたって安定供給する貢献をしてきた。それにもかかわらず国民に正当に評価されていない。評価されていないどころか『放射能』を放出するものとして負の面だけが強調されており、今では反対派とこれに同調するマスコミは原発廃止を訴え続けている」/◇大学内の異論、「ムラ」が圧力 東電社員「留学して。費用は出す」/東京大を頂点とする「原子力ムラ」には、異論を唱える人を排除してきた歴史がある。東大工学部原子力工学科1期生の安斎育郎・立命館大名誉教授(71)は、東大助手時代から、さまざまな圧力や嫌がらせを受けた。/「江戸時代の村八分は葬式と火事は別だったが、(福島第1原発事故という)火事が起きているのに手伝わせてもらえない僕は『村九分』かもしれない」/安斎氏が原子力工学科に入ったのは1962年。次代を担うエネルギーに魅力を感じたからだ。「放射線の安全管理が鍵」と考え放射線防護学を専攻。医学部に移って助手となり、「科学者の社会的責任」を掲げる日本科学者会議に加わった。/会議の一員として呼ばれた原発立地予定地の勉強会で、原発の安全性を巡って住民の質問攻めに遭った。政治や経済まで必死に勉強した結果、次第に疑問が膨らんだ。そして32歳だった72年、日本学術会議で国の原子力政策を批判したのが転機となった。/研究費が回されなくなり、研究発表は教授の許可制となった。大学院生を教えることも禁じられた。/地方に講演に出かけると、「安斎番」と呼ばれる東京電力社員が後をつけてきた。研究室の隣の席は東電から派遣された研修医。「安斎さんが次に何をやろうとしているか探るのが任務だった」と後に告白された。東電社員に飲みに誘われ、「3年ばかり米国に留学してくれないか。費用は全部持つ」と持ちかけられたこともある。「ここからいなくなってくれ、という意味ですがね」(安斎氏)。/86年に立命館大に移るまでの17年間、安斎氏は助手のままだった。「安全性は、自由な批判精神の上で一歩一歩培われる。自由にものを言わせないこの国の原発開発が、安全であるはずがない」/特殊法人「日本原子力研究所(原研)」(現・独立行政法人日本原子力研究開発機構)も同様だった。/原研の元研究員で技術評論家の桜井淳氏(65)によると、原発建設が相次いだ60年代後半から70年代、軽水炉の安全性に疑問を呈した研究員が左遷されたり、昇任できないなどの例が相次いだ。67年には旧科学技術庁の指示で、研究発表が許可制になった。桜井氏は「見せしめ的な人事で反体制的な人間が出ないようにした。その体質は今日まで続いている」と話す。/日本原子力研究開発機構によると、現在も研究員が学会などで発表する際には機構の許可が必要だ。=つづく/毎日新聞 2012年1月22日 東京朝刊【出典】http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120122ddm003040128000c.html