カンボジア特別法廷

mitzubishi2009-02-17

う〜ん、インターネットの産経新聞はいつも早く興味深い(そして重要な)情報を提示しますなぁ。感心、感心
「【プノンペン=宮野弘之】20世紀最大の悲劇といわれたポル・ポト政権(1975年〜79年)による大虐殺事件は政権崩壊から30年をへてようやく司法の裁きが始まった。内戦が終結して1998年に現政府が成立するまでに20年。その後、2006年に特別法廷は設置されたが、国連の協力で開かれる国内法廷という初の形態だけに、裁判官の振り分けや法律の協議、3カ国語の文書作成に多くの手続きが必要だった。/カンボジア特別法廷は大虐殺の事実を裁判を通じて明らかにし、罪を犯した者を処罰することで、負の歴史の精算と法の支配を確立することが目的とされる。一方、カンボジア政府は国民和解の立場から旧ポル・ポト派関係者も取り込んで内戦に終止符を打った。今回の裁判で旧政権関係者の反感を招き、国民和解が崩れるような事態だけは避けたいのが本音だ。/こうした立場を踏まえ、従来の国連ユーゴスラビア国際特別法廷のように、国際社会が当該国に代わって戦争犯罪人を裁くのではなく、国内法廷で国内法も併せて適用し、検察官や裁判官も国際社会と国内の双方から出して、最終的にカンボジア側の意思が働くようにすることで、法廷の設置にこぎ着けた。/だが、設置後も手続き上の問題で時間がかかった。もともと大陸法に基づくカンボジア国内法と英米法を中心とする国際法の両方を適用するため、調整する必要があったためだ。/大陸法では、遺族らが刑事裁判と並行して民事裁判も行われるため、これまでの国際法廷と異なり、虐殺された人の遺族らが民事上の当事者として裁判に参加できる。代理人の弁護士がこれら遺族に代わって被告人に対する尋問を行う。これら遺族の認定などでも時間がかかった。/さらに、国際法廷は主に英語だが、今回はフランス語、カンボジア語公用語とされ、全文書を3カ国語が作成される。/国際人道団体などは、今回の裁判には実際に虐殺にかかわった下級幹部や兵士などが含まれず、不十分だと指摘している。ただ、一時は旧政権の最高幹部5人の逮捕すら危ぶまれただけに、初公判にこぎ着けたことは、カンボジアが国際社会で「法の支配が確立された国」として認知される大きな一歩といえる」(headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090217-00000562-san-int)。