Jackie maclical anthropology

ア・フィックル・ソーナンス (紙ジャケット仕様) 21世紀を迎えた今、医療人類学に対する新たな期待が浮上している。
 さて振り返るに、20世紀の生物医学が直面するさまざまな社会的問題を、文化概念を軸に斬り込み、斬新な解釈をもたらしたのが20世紀の医療人類学の成果であったと言えよう。しかしながら、すでに命脈を絶ちつつあったスタティックな文化概念を現代の生物医学の解釈にただ持ち込んだだけの学問は、統治概念を軸としてカメレオンのごとく変容する生物医学がもつダイナミズムを理解するには、いささか力不足であった感は否めない。生物医学が21世紀の社会において中心的な位置を占めるにつれ、その相対的な認識論的解体をも含む批判なものとして医療人類学をリメイクされねばならぬ時に来ている。すでに歴史学社会学の分野では、統治概念を軸とする生物医学の認識論的相対化の過程は始まっていると行っても過言ではない。文化人類学の関係者のみならず関連諸社会科学の研究者が、文化人類学が生物医学に対する新しい切り込みに期待が高まっているのは、このような事情が伏在するからである。
 新しい社会的文化的理論が登場する今、次世代を担う学徒に対する挑戦的かつ良心的な意図をもった医療人類学の教科書が提供されなければならないことは当然である。文化人類学の最新の成果を踏み外すことなく、かつ同時に21世紀の医療人類学でなければ担えない、斬新な視座を初学者にもわかりやすく提供することが求められているのである。したがって、本書は、次世代のヘスケアを担う看護学・保健学・基礎および臨床医学の学部学生、あるいは学部教育を終えたばかりの大学院初学年ならびに社会経験の初年度において、保健医療現場を理解する際に社会的文化的諸現象を理解することの重要性に痛感する社会人、ならびに保健医療分野の圏外において、医療人類学の存在を知り、その可能性を信じて、はじめて本格的に勉強しようとする、すべての入門者に開かれたものでなければならない。
 もちろん、このような取り組みは、各人の個人芸によってのみ達せられるのではなく、編者のリーダシップによる執筆者相互において丹念で民主的な議論の積みかさねで可能性になるはずである(すくなくとも編者はそのように確信している)。本書の大部分の執筆予定者は、大学院の博士課程を修了しようとしているもの、あるいは修了直後で研究論文の取り組んでいる若手研究者である。21世紀の医療人類学のグローバルスタンダートがどのようなものであるかを、日々の研究を通して感じているこのような人たちによって、この21世紀の新しい医療人類学の教科書が書かれなければならない。