神託実践の合理的解釈

【神託実践の合理的解釈】
 おみくじを引くという行為が愚行なら、その吉凶で一喜一憂するのは、もっと愚行(=非合理的行為)。一喜一憂することを目的として、おみくじを引く行為は、極めて合理的行為である(言い換えると「遊びを希求する」行為でもある)。ここからは地口の遊びだが、神託の正否は信託の正否に通じるので、信託の帰結としての損益で一憂一喜するのは非合理的行為(あるいは不用意な感情実践)。だが一喜一憂を目的として信託行為をするのは(一見、非理性的行為のように見えるが実は)狂った行為ではないことになる。