ツァラトウストラ的人類学

みなさん おはようございます。
ニーチェは『ツァラトウストラ』のなかで(彼が解説を与えなかった)永劫回帰永遠回帰)について二度問うているということです。一度は、侏儒(道化)が語る時、2回目は動物たちが語る時だといいます。しかしドゥルーズによると、ニーチェ自身によって語られない3回目があるというのです(ニーチェじしんではないドゥールズがどうしてそのような推論に到達できたのかは不問して)、それはシーニュ(ドイツ語Zeichen)がくるというテキストの終末においてだというのです。
侏儒の語る不思議な言葉(我々とは別の真理?)にツァラトウストラは悪夢に苛まれるそうですが、これはドゥールズによると侏儒の言葉を理解しようと格闘しているのだということです。人類学者のアレゴリーとしてツァラトウストラという人物はとても魅力的(あるいはアイロニカル)に思えます。
どうも朝から妄想モードですみません_日本に帰国してから職場の人間関係があまりにも俗物的なので、出発前にKOさんがツァラトウストラ的人類学という蠱惑的な言葉をおっしゃっていたので、それを思い出しました。