『デカルトの誤り』の落とし穴

よい本だと思うし、翻訳者の田中三郎氏は、御丁寧に随所に訳書の中に補足的な説明を入れておられる。私が読んでいるのは講談社版の『生存する脳―心と脳と身体の神秘』のほうだが、もし、ちくま文庫版が講談社版と同じ内容だとすると、あまりお買い得ではないと言いたい。その理由は、訳者の親切心で、さまざまな意訳をされたりパラグラフをちょん切って改行したりと、原文と照合するのに大変なのである。つまり読者への親切心が仇になった典型例である。私は情動と知性の神経学的関連についてペンギン版と読み進めていっている。極端な対比で申し訳ないが(この問題を別の角度から考えるために)レヴィ=ブリュル『未開社会の思惟』岩波文庫と、フランス語原版を先に読んだ。さすが山田吉彦きだみのる)訳は、原著に忠実なのでその照合には全く苦労しなかった。2005年のペンギン版は、どうもこの訳の底本とは異なる加筆箇所がある(例:8章の最後)。武骨でもいいから的確に訳して欲しい。というわけで書肆はよい訳者を選んだとは言えない。これは原著と照合させる必要のある書肆の編集者の責任ではある。いわゆる「痛い」訳本を掴まされることになる。