「トランスナショナリティ」(transnationality)という造語

…「トランスナショナリティ」(transnationality)という言葉は、ほとんど造語である。
 トランスナショナル(transnational)という形容詞、またトランスナショナリズム(transnationalism)という名詞は、関連する概念としてのグローバル(global)という形容詞、またグローバリゼーション(globalization)やグローバリズム(globalism)という名詞ほどではないにしても、きわめて頻繁に使われるようになった。トランスナショナルな現象に対する関心は、ますます強くなりつつあるようにみえる。私たちは、さまざまなトランスナショナルな現象を広く指し示すために、「トランスナショナルJを抽象名詞化する「トランスナショナリティ」という言葉を使った。広く流通している「トランスナショナリズム」を使わかったのは、「トランスナショナリズム」が「トランスナショナル」な現象を指すというよりは、「トランス=ナショナリズム」という、「ナショナリズムを越えて」「国家より広い場で」という意味合いで用いられることも多いからである。私たちの意図は、トランスナショナリティという「旗」を場の中央に立てることによって、トランスナショナルな現象に広範な角度からアプローチすることだった」(小泉と栗本 2007:7-8)。……

 個別の人類学的研究は、従来ひとつの空間的な「場所」(ロケーション、ローカリティ)と強く結びついてきた。しかし、現在では、調査研究の対象を個別の閉じられた空間に限定することは、対象の実態に即していないばかりか、現実の認識と理解をむしろ阻害する。求められているのは、個別の空間に確実な足場を置きつつも、より広い空間、および時間に視点を拡大していくことであろう。/本研究は、「トランスナショナリティ」概念を核として、こうした展開を目指すものである。具体的には3つの柱を立て、個別の事例を収集し分析しつつ総合化を図る。第一の柱は、いわゆるグローバル化にともなう、ヒト、モノ、情報のトランスナショナルな流れの様態の分析である。流れのギャップや不均等性、およびある場所での滞留にも留意する。第二に、グローバル化の進展とコスモポリタニズムの発現にともなう反動あるいは平行現象として、ナショナルまたエスノ・ナショナルな次元で閉じようとするモメントの分析がある。トランスナショナルな次元に開かず新たに勃興するナショナリズム、所属の政治学(ポリティクス・オヴ・ビロンギング)の隆盛、移民の排斥やゼノフォビアの進行、先住性(オートクトニー)概念の強化、「民族紛争」の深刻化などが具体的なテーマである。第三の柱は、特定の場と結びつかない、「脱領域化」(デテリトリアライズ)されたアイデンティティの分析である。ディアスポラや難民、NGOやビジネスにおけるトランスナショナルなネットワーク形成などが重要な主題である」(小泉と栗本 2007:8)。

小泉潤二、栗本英世(2007)『トランスナショナリティ研究』大阪大学21世紀COEプログラムインターフェイスの人文学」研究報告書2004-2006、Pp.7-21、大阪大学