医療人類学ってわかりにくい!

mitzubishi2005-07-06

Oさん、今日の取材どうもありがとうございました。医療人類学ってわかりにくいでしょう? このわかりにくさは、私がこれまでの医療人類学なんて、もう糞食らえって思っているからなんです。「今日、我々が「医療人類学」(medical anthropology)と呼んでいる学問的パラダイムは、1960年代の終わりにアメリカ合衆国のおもに文化人類学者と医学研究者を中心とする人たちによって確立された。この医療人類学という用語をどのように定義し、どのような具体的方法をもって研究していこうかという議論は、1960年代末の発足当時から今日にいたるまで続いている。明確な目的と方法論に裏づけられた医療人類学者たちの具体的な著作や論文が、社会的な評価を得て、それ以降の研究領域を方向づけることは決して珍しくない。だがこれらの学問領域の潮流を決定する研究には、つねに「医療」とはなんだろうか?、という問いが陰に陽に投げかけられているのである。あるいはそのように読まれる必要があるということだ。
 私の年来の関心は「医療援助」を文化人類学的に考察することにあるが、その際に意識してきたことは、研究対象にすることは間接的であれ直接的であれ「医療援助」に関与しているのだという感覚である。文化人類学は、他者という回路を通して自己省察に導く学問的実践である。この短い論文は、医療人類学の学問的伝統を批判的に回顧する。その際に着目したい出来事とは、1960年代に近代医療が批判を受けたとき、治療儀礼メタ言語的解釈が動員されて「未開」医療や民族医学の全体性が要求されたあるいは「復権」が叫ばれたという点である。私見によると、過去30年間にわたる医療人類学の発展の原点はここにある。つまり医療人類学は、一方で学問的にメタ解釈をもって合理的な非西洋医療の理解を要求する一種の機能主義理論であったのであり、他方では実践的にメタ解釈をもって近代医療を克服するという野心をもった思想運動であったと考えている(武井 1985 参照)。人びとの医療の全体性への要求を満たすために医療人類学という文化人類学の特殊な一ジャンルに脚光が浴びたこと、医療の全体的な解明をめざす医療人類学はまた同時にそのパラダイムの中で細分化かつ専門化を遂げるという皮肉を実現しつつあること、私はそのような学問の成長にまつわる逆説という現象に強く興味をもつ。したがって以下で触れられる医療人類学領域の瑣末な分類は、教科書的な事実よりも、ここで紹介された分類が考えるのに適しているという人類学上の格言に倣っていることを確認しておきたい」(出典:http://www.let.kumamoto-u.ac.jp/cs/cu/ima.html