単純な図式は成り立たなくなる:生物多様性条約

生物多様性条約議定書原案 条文の大半、両論併記毎日JP
 動植物や微生物といった「遺伝資源」を原料とする医薬品などの利益は誰のものか−−。国連生物多様性条約の作業部会が16日まで開かれ、遺伝資源の提供国に利益を公平に配分することを求める国際ルール「名古屋議定書」の原案が作成された。アフメッド・ジョグラフ条約事務局長は「一歩前進。議定書が誕生すれば、環境分野の歴史に残る」と期待する。だが、先進国と途上国は、適用範囲など多くの主要な論点で激しく対立。成否は10月に名古屋市で開かれる同条約第10回締約国会議(COP10)に持ち越され、予断を許さない。議長国・日本の手腕が問われる。【モントリオール足立旬子、関東晋慈】
 ◇「派生物」など対立
 原案によると、企業や研究機関が遺伝資源を取得する際、提供国の法制度に従い事前同意を取る。各国は利益配分のための制度を整備し、生じた利益は生物多様性保全に役立てる。各国はこれらの点でほぼ合意したが、先進国と途上国の対立を背景に、31条からなる条文の大半で両論併記となった。
 焦点の一つが、生物や遺伝子を解析したり化学合成した物を指す「派生物」を利益還元の対象に含めるかどうかだ。例えば、インフルエンザ治療薬タミフルの原料「八角」は遺伝資源だが、化学合成した後のタミフルは派生物となる。薬草の遺伝情報、ビタミンやアミノ酸も派生物になるという。「派生物が入らなければ、議定書は意味がない」。最終日の16日、ペルー代表が声を荒らげた。これに対し、先進国は際限ない要求を恐れ、「遺伝資源は生物や種子などに限る」と反発した。
 また、議定書の内容が適用する時期も、アフリカ諸国は「条約発効前」にさかのぼるよう主張するが、先進国は「容認できない」と一蹴(いっしゅう)している。
 一方で、途上国が権利を主張しすぎると、健康面など人類共通の課題に不利益になる懸念も出てきた。代表例が、新型インフルエンザのウイルス(検体)提供問題だ。
 ワクチンの製造には感染者からの検体採取が欠かせないが、インドネシアは07年、新型に変異する鳥インフルエンザのウイルスを世界保健機関に提供することを拒否した。「途上国は遺伝資源を提供してきたが、薬を買うために先進国側に費用を払う。不公正だ」というのが理由だ。欧州連合(EU)は今回、緊急時の病原体の取得に配慮を求める条項を提案したが、途上国は「緊急時という名目で提供国の主権が侵される」と反対した。
 途上国は一連の交渉を通して、資源を囲い込み、新たな利益の確保を狙う。だが、先進国で品種改良された収量の多い穀物が途上国に渡り、中印のように科学技術が急成長している国もある。
 「遺伝資源の提供国は途上国、利用国は先進国」という単純な図式は成り立たなくなっている。香坂玲・名古屋市立大准教授(環境政策)は「先進国と途上国の両者がプラスになるルールを作らなければならない」と提言する。
 ◇日本、問われる議長国の手腕
 COP10の議定書採択に向け最終会合のはずだった3月のコロンビア会合は紛糾。議長国の日本が約6000万円を負担し、今回の再開会合につなげた。
 政府は外務、環境、経済産業など各省から約30人を代表団として送り込み、議論が行き詰まると打開策を積極的に提案。国際環境NGO(非政府組織)「第三世界ネットワーク」のチー・ヨクリン代表は「日本は調整役を果たした」と評価する。
 ただし、省庁間の思惑はすれ違う。外務省と環境省は、名古屋議定書の採択をCOP10での成果ととらえている。だが、文部科学省経産省などは、遺伝資源を利用する研究者や企業の活動への影響を懸念し、安易な採択に警戒を強めている。
 NGO「世界自然保護基金(WWF)」で生物多様性条約を担当するギュンター・ミッドラッハさんは「遺伝資源の利用は、生物多様性保全が前提だ。名古屋議定書の成否がCOP10の評価を決める。日本がどう収拾を図るのか、世界が見守っている」と話す。
 ◇名古屋議定書原案・骨子
・遺伝資源の利用で生じた利益を、提供国に公平に配分する。
・遺伝資源を取得する際は、提供国の法制度に従い事前同意を取り、利用料などの契約を結ぶ。
・各国は法律や制度を整備し、担当窓口を設置する。
・事務局は、提供国の遺伝資源の取得手続きに関する情報が共有される仕組み「クリアリングハウス」を作る。
・遺伝資源の利用で生じた利益は生物多様性保全と持続可能な利用に使う。
[出典:mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20100718ddn002040018000c.html]